GOKAI

世界は狂おしく理解に苦しみ


人生とは灯りのない洞窟を
一人歩み続けるに似る。
一度疑心暗鬼をその身に宿せば
己の両の足で立つこの地面さえ
現実とは限らない事を
少し前みた映画が語っていた。
私の暮らすこの現実がそうだとは言わない。
だが、それを完全否定する素材はこの世のどこにもない。
1%以上の悪魔の証明を内包し、
しかもそれらは無数に存在する。
機械文明の謀反、魔法の可能性、高度文明を持った宇宙人、
地底人、海底人はたまた
四次元人か我々の認識にない
世界のX人やもしれない。
よもや齢80を超えた今となり、
これほど世界を信じられなくなるなど誰が想像しただろう。
だが、それもこれほどの未知が
普遍的に周回する環境では
至るべき結論だったのかも
知れない。

奇怪な隣人


私は今、名前も知らない施設に
拉致されている。
原因は分からないが、
数年前、ある施設に時折
連れ込まれる様になった頃から、
もしかしたらこれは
決まっていた事なのかもしれない。
数年前の施設と今の施設での
違いと言えば人や物など当然
のものを除けば大きくは
ただの一つ、
外界との完全な隔離状態
くらいのものだろう。
まずは数年前に見た施設の
話をしよう。
これもまた、
私の80年にない異質な空間では
あったが、そこでは毎食後に
妙な薬を渡される事から、
あそこは何かの
【人体実験を試みる組織】
ではないかと思う。
徹底した管理体制というに
相応しく薬を落としたり隠せば
床を這ってまで組員がそれを
見つけ出し、身体が衰えた者には飲食に混入させ、口に運び、
飲んだ後の口内まで調べるなどの徹底ぶりからみて、
これが【この施設の最重要】
もしくはかなり重要な役割を
占めている事は凡そ間違いない
だろう。
そして早朝の心拍数や血圧など、身体状態の計測は恐らく
薬の作用の調査だろう。
信ぴょう性のある事に
この施設ではトイレにまで
同行する組員が排尿の回数を記録している様で、
出たか出ないか、便か尿かを
事細かに確認、記録される。
もしかすると私たちが飲まされている薬は水との反応に大きな影響があるのかもしれない。
何故なら先のトイレだけでなく、水分補給などにうるさい組員が
いて、
さらにこの施設では多くの人を入浴させる事に異常なこだわりが見える。
何度となく入浴を確認する
組員や、拒絶の末に浴室へ運ばれた被験者の断末魔にも似た声を耳にした事もあるほどだが、
その被験者達もまたあの薬の影響なのか、どこか私の常識に計れない事が少なからずある。
例えば突然に叫び出すもの、
痛みを訴えるもの、
更にはこんな事もあった。
「あなたはどこから来たの?」

私が被験者の女性にそう話しかけられた時の事だ。

「あぁ、私は●県の◉市という……」

「あら!私も◉市よ!ご近所じゃない。よろしくお願いします」

「あぁ、それは心強い。こちらこそよろしくお願いします」

そう、答えた時だった。

「あなたはどこから来たの?」

「え!?」

「あなたはどこから来たの?」

「あなたはどこから来たの?」

「あなたはどこから来たの?」

これほど背筋が凍る様な思いを感じた事は戦場でさえ無かった。
定期的なんてものではない。
会話をかぶせるほどのペースで
繰り返される同様の質問は
今尚、私の常識では意図を
計りかねる……
どこか無機質な、
どこか機械的な、質問。
もしや彼女は私の知識を
はるかに超えるが、機械的な何か
なのかもしれないし、
先の推測通りの薬の影響、
どちらにせよ施設の研究の規模は、
【生物兵器の研究】か、
そもそも【人外の施設】か、
その様な凡そ信じ難い可能性さえ否定できなくなりただただ身の危険を覚えたのはきっとこの頃からだろう。

そして......
なにより恐ろしいのはここの
組員はすでに私の家族を
懐柔している事だ。

穏やかに走る危険

定期的に家に迎えに来る
組員に対して息子達の反応は
非常に礼儀正しく、
逆に私が不調でも訴えて同行を
拒否しようものなら総出でそれを
否定し、鬼の様な形相を向ける。
少なからず息子達を
信用しようにも
組員はどうにも信用が置けない。
組員が一人一人と談笑を交えて
情報採取をする時に話す言葉は
どれも一律して一定の礼節を
持ち、その様子には旅館か
何かにもてなされている様に
感じる事もある。
だが、
小さくは組員の趣味、
大きくは施設の説明や何かに
食事や入浴といった裏に誘導が
見える行動への誘いでは
他の被験者と自分、
またさらに他の被験者に語る
会話は集計すると限りなく
矛盾に満ちている。
日中の空き時間に行われる
風船などの小道具を使った
軽運動は戦争で敵国の牢屋に
入れられた時に見た最低限の
運動の強制にも似ている様な、
ただの身体能力の情報採取の
目的の様な、
いや、
ここに関しては意図を探るに
足る判断材料があまりにも
少ない故にそれを考察するのは
時期早々かもしれない。
兎にも角にも摩訶不思議だ。
過去の常識からは判別の
出来ない異空間、
それがあの施設であり、
現在の施設もまた、
そこと大きく変化はない。
ただ、前の施設の何倍も大きく、
百人以上の被験者を囲んでいる
様な今の施設は前ほど
盛んな情報採取や水への
こだわりは見えない。
また、恐らく……
確実に前の施設よりも
重篤な容体の者が
この施設には多い様に思える。
それは80の私から見ても明らかな
高齢の容姿をした男女や、
車椅子やベットで
搬送される者も多く、
薬の影響なのか、あの、
同じ質問をただただ繰り返す者
も多くいる。
私は今、この環境に大きな危機を
覚えている。

(もしかしたら、私はもうすぐ殺されるのかもしれない……)

準じて走り出す焦燥

私の常識では判断できない
環境と再三言い諦める素振りを
しながら、私の脳はこの混沌
とした現実を無理やりにでも
判断しようとした。
その結論として出した
答えは、いや、結論と言うほど
確実なものでもなく、
凡そ信じ難い話だが、
恐らく、
もしやすれば、、、
私は、
この施設の人間は
前の施設の実験で
【不要になったもの達の収容所】
なのかもしれない。
そうだとすれば、
仮にそうだとするならば、
私は一体何をしたと
言うのだろう。

幼少に勉学を怠ったわけでも
ない。

お国のために戦争にも出向き、
社会人として定年までを捧げた。

生物としては孫の顔を拝むまで
役割を果たした。

秀でてはなくとも、
決して怠った人生では
なかったはずだ。

なぜこんな目にあうのか?

なぜこんな事になっているのか?

なぜ、なぜ私なのか……

私は程なくしてここからの
脱走ばかりを考えるように
なった。

水面下に微動する計画

本来なら仲間の一人も
欲しいところだったが、
組員は当然にしても、
被験者にさえ私は信頼を
持てるものを見つける事が
出来なかった。
それはきっと……
あの声が耳のどこかに
残っていたからかもしれない。
とにかく私は、
たった一人の脱走計画を
思案し始めた。
大して物品を用意する環境もない
私は脱走後の当面の食事の確保
の為に配給される食事の一部を
ため込む以外にできる事がなく、
脱走の可能性をあげる努力の多くは情報の集積となり、
一月ほど後
ついに、その日はやってきた。

(今日の組員、帰る時間、
今までで一番のチャンスだ……)

決行の時間は夜間。
組員の絶対数が下がる時間帯、
そして今日は先日から現れた
研修中の名札をつけた組員、
そしてベテランだが60代だろう
高齢の組員の二人しかいない
というこの上ない好機だ。
脱走の手段はシンプルに
荒々しい手法。
まず私は二人を撹乱する為に
見回り後、最上階の一室に侵入して呼び鈴を鳴らす。
少なくてもこれで一人をここに
誘導できる。
また、上手くことが運べば
研修中のもう一方も
同時にここに向かう
かもしれない。
とはいえ
念を入れて私は組員の控え室
から遠い方の階段を使って
一つ下の階でまた
呼び鈴を鳴らす。
これで確実に二人を呼び出せたし、撹乱には充分だろう。
私はできる限り急いで
階段を下る。
息を切らせながら一階に到着。

「はっ……はっ……は……」

この数年、施設への幽閉により
鍛えることのできなかった
老体にとってそれは、
過度な運動だ。
心臓が飛び出るほどに胸が痛み、呼吸が整わない。
しかし、時間はかけられない。
正面のドアは鍵がかかっている
事は分かっているが、
その隣のガラス窓ならば
脱走は可能だ。
内鍵。
そして下に隠された小さな
ストッパーもはずせば
ガラス窓はあっさりと開く……
そう、思っていた。

狂気の外の仮初めの憩い



《キュイキュイキュイ!!》
窓の開口と同時に
けたたましくブザーが鳴る。

「!!……くそったれ!!」

隠されたストッパーまでは
把握していた私もまさか
人数不足を補う警報を設置して
いる事は想定外だった。
とはいえ、
今逃げそびればそれこそ
どんな罰を受けるかは
想像するも恐ろしい。
私は窓に足をかけて外に
降りようとする。
運動神経の衰えた身体でなんとか窓に登る。
「ぐっ……」

しかし、
窓の下は予想以上に地面が遠い。
飛び降りようとする身体が
強張る。
だが、時間はそう多くは
ないだろう。

「ええい!!」

意を決して飛び降りる。
「ぐぅっ!!」
案の定、
着地に失敗し、利き足から
嫌な音が聞こえるが、
アドレナリンが出ているのか
不思議と痛みは大きくなかった。
片足を引きづりながら
兎に角遠くを目指す。

(ここから先は……
本当の出たとこ勝負だ)

私にとってあの施設の外は
何一つ情報の無い世界だった。

家から施設に運ばれた車での
道中は覚えていない為、
ここが他県である可能性さえ
捨てきれないし、息子夫婦は
すでに施設に懐柔されている
以上、この先に頼れるものは
いない。

(……これから……
どうすれば……)

最大の目的だった脱走を
半ば果たし、途端に、
冷静さを取り戻してくる。
身寄りのない80を越えた老人が
一人、これから私に何が出来る
というのかと言えば、
その道はあまりにも暗く険しい。
私はせめてこの夜を凌ごうと
近くの民家を訪ねた。

「道に迷ってしまって、
今晩だけご厄介になっても……」

余計な事を話さなかったのは
巻き込む事を恐れての
判断だった。

「災難でしたねぇ」

「ええ、近くに連れがいるはず
ですから明日、待ち合い場所
まで行ってみようと思います……
確か最寄駅で……名前は……」

「◆駅ですか?」

「あぁ◆駅!!
そこです。よかった」

「ここからは少し距離もある。
明日僕の車で送りましょう」

「申し訳ありません。
それではお言葉に甘えて……」

自然な会話の中で目的地を
聞き出す。
それにしても、
久しぶりにちゃんとした会話を
交わした気がして、
私は思わず涙腺が緩むのを
感じて席を離れた。
思えばここ数ヶ月、数年、
まともな会話をした記憶は
ほとんどない。
組員と被験者達とうわべの会話
こそすれ、友好的な言葉など
口にする機会もない日々……
そんな苦々しい思いが彼らとの
会話で少しだけ、
少しだけ絆された様に思えた。

嘲笑う世界

翌日、
私は民家の叔父さんの車で
駅へと運んでもらう。
この一家には感謝の尽きない
思いだった。

「ありがとうございます」

ドアを開き、深々と礼をする。
本当は駅から移動する
資金なんて持ち合わせていない。
それでもここならば
現在地を知る事ができるし、
今後の策も考えれるだろう。
私は疑われないために笑顔で
叔父さんを見送ろうとして、
叔父さんの信じ難い言葉を
聞いた。

「色々世知辛い世の中だが、
僕の家の門を貴方が
叩いたのも何かの縁です。
戻ってからも
元気に過ごしてください」

「え!?」

それは、この脱走で唯一信じた
者に裏切られた瞬間だった。
駅から見覚えのある年老いた
組員が私を指さしている。
一緒にいるのは警官姿の
二人組だ。

「間違いありません。彼です」

「そんな!やめろ!!
離してくれ!!叔父さん!!
なぜ!?なんで!!」
遠く引き離されていく叔父さんは
少し悲しげな表情で
目を合わせない。
警官に腕を掴まれ抵抗するも、
年の差、人数差、すでに結果は
見えていた。

「くそっ!なんで……
なんでなんだぁー!!」

残酷な正しさ

老人を施設の人に引き渡した
数週間後のことだった。
「……そうですか……いえ、
当然のことをしたまでです」
僕の家に施設の男性から
電話があった。
僕の家をあの日訪れた
老人が息を引き取ったという
連絡だった。
施設の名前は◉●特別養護老人
ホームと言った。
以前のデイサービスから妄想癖、専門用語でせん妄と呼ばれる症状が強い認知症患者だったという。
息子夫婦は介護に疲れて随分と
孤独な思いをしていたらしく、
行動には出さないが周りの
利用者を見て色々と勘違いを
している節はあったというが、
今回が初めての脱走だっ様だ。
「死ぬまで束縛されるには
何の意味もないところだった」
「このまま生きるだけでは
何のための人生だったか
分からなくなりそうだった」
しかし、彼は確かに様々な
勘違いをしていたが、
彼が夜な夜な僕に話した
言葉達はは少なからず僕の心に
跡を残した。
「本当に、この世は何が
正解なのでしょうね?」
僕は、本当に正しいことを
したのだろうか。

護介

(GOKAI)

ー完ー